市民と行政の関係性を分析
そこから見えてくる
人間社会の一側面

国際関係学研究科

篠原 舟吾

研究分野 : 行政学

INTERVIEW

市民と行政をつなぐ架け橋

 行政や政策がどのように市民の行動・態度に影響を与えるのかというメカニズム、及び、市民が行政や政策を評価する際の潜在的バイアスを計量的に分析しています。従来の行政研究は、中央政府内で官僚がどのように政治家と関わり、政策策定・実施をしているのかという側面に偏りがちでした。一方で、道路、公園、水道、防災、医療・福祉などの行政サービスは、市民の日常生活を支えるために提供されており、政府内部の政策決定の仕組みばかり研究しても、これらサービスの向上には繋がらないはずです。行政サービスの向上には、何らかの形で市民に政策決定や行政サービスの実施に携わってもらうことが不可欠になります。ところが、100以上の国と地域で定期的に実施されているWorld Values Surveyによれば、日本国民の行政への信頼度はOECD加盟国中最低レベルで、ギリシャ、チェコ、メキシコに次いで低いという結果が出ています。日本において行政と市民の間に信頼関係が築かれていないうえ、市民の行政への関心・知識も低いまま、今後も行政サービスが市民と無関係に決定・実施されていくのであれば、国全体、特に直接行政サービスを提供する市町村にとって大きな損失です。アメリカの行政大学院にて現役及び未来の公務員たちと学び、インドネシアとウガンダでも行政に関わる仕事に従事してきた私の個人的観察に基づけば、日本の行政サービスの質が国際的に劣っているとは思えません。市民へのアンケート調査からデータを取得し、実験手法を用いて市民が行政を低く評価するメカニズムを分析することで、より生産的な市民と行政との関係構築に向けた議論が可能になると考えています。

努力で切り拓いた研究者への道

 私が研究者を志したのは非常に遅く、アメリカでPhDを取得したのは38歳の時です。アメリカの行政大学院に修士留学するため、30歳で中央官庁を退職し、1年間インドネシアで開発コンサルタントの仕事をしながら、お金を貯めました。このインドネシア滞在が、人生初の海外生活でした。32歳で現代行政学誕生の地ともいえるシラキュース大学マクスウェル行政大学院の修士課程に入学し、その後同大学院博士課程を目指したのですが、英語力不足や苦手な統計を克服できず、進学は叶いませんでした。修士取得後失意の中でも仕事を探し、在ウガンダ日本国大使館に任期付きの仕事を見つけ、アフリカの地でインフラ開発などに従事しながら、英語や統計の勉強を続けました。2年間の任期切れを目前に何とかラトガース大学行政大学院博士課程に奨学金付きで入学が認められ、このとき既に35歳になっていました。研究者を志した当初は、日本の過重債務を憂い効率的な公共予算管理を提案する!と息巻いておりましたが、この頃にはすっかりそんな気持ちは忘れていました。たとえPhDを無事取得しても、顕著な論文実績なしに、研究環境が整った大学に就職することができないと実感したからです。興味関心から勉強するというよりは、生き残るために必死で博士課程の授業に食らいつくという感覚でした。流行のテーマを選んでいち早く論文実績を残そうと躍起になっていたのですが、幸運にもアメリカでも非常に高名なFrank J. Thompson教授の指導を受けることとなり、研究への態度が大きく変化しました。Thompson教授は国際的学術誌に論文掲載するのは数年かかる長い道のりで、決して簡単なものではないから、少しでも自分が楽しめる研究テーマを選んだほうが良いというアドバイスを頂きました。最終的に、過去の行政に関する実務経験とラトガース大学教授陣の専門性双方を考慮し、上記のような市民と行政との関係を研究テーマにすることを思いつき、指導教授の温かくも厳しい指導の下、日本人として初めて行政トップジャーナル Journal of Public Administration Research and Theory(JPART)に単著論文を掲載することができました。才能がないことを自覚し、「やりたいこと」と「できること」のバランスを考え、うまく周りの人と協力することで、望外の結果が得られたと感じています。また、才能がないからこそ、実力ある人たちに少しでも協力したいと思ってもらえるよう、努力する姿勢を示し続ける大切さも学びました。

様々な国の人が集まる魅力

 このような業績が認められ、国際大学の講師として2018年に職を得ることができました。国内の他の大学からオファーもありましたが、30代以降苦労して身に付けた英語で授業ができること。学部生ではなく、様々な国から集まる現役公務員を学生として教えられること。そして、8割近くの教員が外国籍で、国際的学術誌への論文掲載を目指して切磋琢磨していることを考慮し、国際大学に就職することにしました。これまで約2年間国際大学で行政学の講義を担当し、異なる国の公務員が集まって行政の課題について議論しているにもかかわらず、違いよりも多くの共通点を見つけ出すことは新鮮な驚きでした。また、学生は全寮制で2年間共に学ぶため、他の大学院では感じたことのない一体感があります。それを如実に感じるのが修了式です。式後に、それぞれの国に帰っていく修了生たちが、達成感を共有すると同時に、別れを惜しむ姿は胸を打ちます。これまで2度修了式に出席しましたが、そのたびに教員としての責任感を強く噛みしめます。

変わりゆく社会に向き合う楽しさ

 人の命を救うような医療研究と異なり、社会科学の研究それぞれの社会貢献度を測ることは、容易ではありません。例えば、ある地方政府が低所得者向けに補助金を支給し、貧富の格差が地域全体で縮小されたとしても、財政全体が逼迫し、将来世代に負担を残したことを批判する市民もいるでしょう。特定の明るい未来を想定して研究すること自体が、他の人が思い描く未来を邪魔している可能性もあります。どんな研究が社会の役に立ち、明るい未来を創り出すかは自分だけで判断すべきものでないと考えています。前述の通り、私は市民が行政をどのように見ているかというメカニズムを解明することで、人間社会の一側面を理解すること自体が面白いと感じています。これらの研究が結果的に社会に貢献したと評価されれば嬉しいですが、予想できない社会的評価だけを気にしては、継続的に論文に取り組むモチベーションが保ちづらいと感じています。また、変わりゆく市民と行政の関係を理解するために、急速に発展するテクノロジーなどの知識もアップデートしながら、柔軟に研究を進めていくことが不可欠だと感じています。今後研究者を目指される方々にも、特定の主張や視点に固執するのではなく、かつてない速度で変化する人間社会を研究すること自体に面白さを見出し、日本から世界に通用する研究を生み出すため切磋琢磨出来たら幸いです。

FACULTY EXPERTS

篠原 舟吾 准教授 (公共経営・政策分析)
[担当科目]行政学、リサーチ方法論、資本予算と債務管理
[研究分野]行政学
[研究キーワード]地方行政、行動行政学、行政の歴史、ジェンダー

GSIR 国際関係学研究科