「珠玉の証言つまった回顧録」
書評:
「情と理」後藤田正晴著、講談社評者:信田智人(国際大学助教授)
東京新聞、平成
10年7月12日掲載
評者は二度、後藤田氏と話をしたことがある。「制度的に首相は弱い」という氏の主張に対し、「制度ではなく、順送り人事など慣習が原因」と論争を挑み、「そうかもしれん」との一言で躱されたことや、会見の結果を含めた自著を手に訪問した際「よう来てくれた」と深々と頭を下げられ恐縮したのを鮮明に覚えている。本書は口述筆記の回顧録という形態をとっている。難しい漢語には漢字を示す、氏のゆっくりとした語り口を懐かしく思い出しながら読んだ。
本書は氏の生い立ちから始まる。後に官房長官として仕える、内務省後輩の中曽根氏に戦中に台湾で「仕事のできる将校」との印象を持ったことや、竹下後継指名の推薦文に「政権基盤の安定性」と挿入を進言した際、中曽根首相に書き入れを要請され断るなど、初めて知るエピソードも随所にあり興味深い。
驚くのは、氏が官僚時代に非常に多くの重要案件に関係したことである。氏の発言が政界で重みを持つのは、その経験に裏打ちされた政治理念があるからであろう。たとえば、国連平和協力法案の時に「
PKOに限定する」という官僚の嘘を即座に見破り、軍事化への「蟻の一穴」になると懸念を表わしたが、自衛隊の前身、警察予備隊の課長時代に、政治が軍を支配するというシビリアンコントロールの精神が浸透していない事を実感、それが原体験にあることが本書でわかる。新日米安保ガイドラインについて、地理的限定がなく武力行使に繋がる周辺事態への協力は安保条約を逸脱すると批判的なのも理解できる。ただ、ソ連という仮想敵国がなくなった今、日米の軍事同盟ではなく平和友好条約で十分という主張には、それで東アジアの安定に貢献できるのか疑問を感じた。また、政治改革の推進者だった氏は、「政局が収斂していく今は過渡期の入り口」とし、小選挙区制の現状に楽観的である。これは同時に中選挙区復活の動きを見せる政治家に対する批判でもあるのだろう。
本書は研究者にとって喉から手が出る珠玉の証言ばかりの貴重な資料である。だが、時系列的ではあるが話がとび読みづらい個所もあり、一般読者の評価を大きな関心をもってみたい。